WandercraftはSimcenter Madymoを使用して、外骨格の1回の設計反復にかかるエンジニアリング時間を3日間短縮
Wandercraftは、リハビリテーションに使用するハンズフリー歩行用の外骨格「Atalante X」を開発、実用化しました。 Atalante Xは、上肢機能障害や認知障害のある患者も含め、重度の歩行障害を持つ患者が再び立ち上がって歩けるようにします。同社は最近、自宅や地域コミュニティで使用できるパーソナル外骨格を発表し、今後数年以内に世界中の市場で販売する予定です。
多くの人が病気や怪我のために車いすの利用を余儀なくされています。車いすの技術は多少は進歩しているとは言え、その発明以来、それほど大きな変革は起きておらず、利用者が立って歩けるようになるほどの成果はありません。また第一に、車いすの利用は、周囲の人と目線の高さが違うという社会的なマイナス面があります。第二に、車いすに長時間座り続けていることで、骨密度の低下、骨粗鬆症、筋萎縮、褥瘡、けいれん、血圧の変化、関節の問題、さらには心血管疾患など、健康上の問題が起きるリスクがあります。
ニコラス・サイモン氏には、シャルコー・マリー・トゥース病という神経変性疾患を患う家族が何人かいます。この病気は、進行すると車いすの利用が必要になることが多いのが特徴です。
この病気は治療法がないため、サイモン氏は何かいい解決策を考案したいと考えました。そこで2012年、彼は腰から下に障害のある人が再び歩けるようになる外骨格の開発を目指して、Wandercraftを設立しました。
同社は、病院のリハビリで使用するAtalante Xを開発、実用化しました。さらに、リハビリ用途以外でも使用できるデバイスも作りたいと考えています。「私たちは、利用者がもっと自律できるようになり、医師や理学療法士に付き添われたコントロール下ではない、日常生活でも外骨格を使えるようになることを願っています。米国だけでも、脊髄損傷を負った人は約30万人いると推定されますが、現バージョンの外骨格を利用することで何らかのメリットがあると考えています。さらに今後のバージョンで設計を改良するにつれて、脳卒中のリハビリや多発性硬化症の人など、他の疾患にも対応できるようにすることで、さらに多くの人が使えるようにしたいと考えています」と、Wandercraftの最高技術責任者 (CTO) であるFabien Expert氏は述べています。
この目標を達成するために、WandercraftはシーメンスデジタルインダストリーズソフトウェアのSimcenter™ Madymo™ソフトウェアを導入しました。もともと自動車業界向けに開発されたSimcenter Madymoは、乗員と歩行者のより安全なソリューションを迅速に開発するためのツールです。なお、Simcenter Madymoは、ソフトウェア、ハードウェア、サービスを包括したSiemens Xceleratorビジネス・プラットフォームの一部です。
この外骨格デバイスを装着して外に出ることは大きな前進です。「ただし、安全性は最優先事項です。私たちが支援している人たちは、車いすを使えば一人でどこにでも行ける人たちです。外骨格を装着することで、立って歩けるようになりますが、さらなる怪我をしないよう、そのリスクを軽減しなければなりません。転倒して骨折や頭部外傷を負えば、これまでより状態を悪化させてしまうかもしれないのです」と、Expert氏は説明します。
外骨格が効果的であることが分かったWandercraftはさらに、外骨格ユーザーが長期の怪我を負うような事故のリスクを心配しなくていいように、ユーザーの安全を確保した外骨格に改良する必要がありました。
Wandercraftは、人体への衝撃を和らげ、怪我を最小限に抑えるように設計されている、自動車用のエアバッグに着目しました。外骨格はシステムの重心が背面にあるため、電源障害などが起きたときにバランスが崩れ、装着している人は必然的に後ろに倒れます。したがって、エアバッグを背面に取り付けてユーザーを保護しようと考えました。
しかし、エアバッグの効果を確実なものにするには、相当な解析と評価が必要です。ユーザーに負担をかけずに容易に外骨格にエアバッグを取り付けられることと、転倒時の怪我のリスクを大幅に軽減できるようにユーザーを十分に保護できることが求められます。
Expert氏は言います。「まず、エアバッグ装着が実現可能かどうかを判断する必要がありました。転倒が起きそうなことを検知するだけでなく、検知したら0.5秒以内にエアバッグを展開できなければなりません。外骨格に過度の重量を加えずにユーザーを十分に保護できるように、エアバッグの数を複数にするか1つにするかを見きわめ、適切な寸法を判断する必要がありました。」
エアバッグの有効性をテストするために物理的なプロトタイプを作成していては多大な時間がかかります。エアバッグは一つ一つ手で作らなければならないからです。また、物理的なダミーを使用したテストでも、実際にユーザーが怪我する可能性をすべて網羅することは不可能です。Wandercraftは、人体を正確に再現し、転倒時にエアバッグが人体をどれだけ守れるかを予測できる、より高速なソリューションを必要としていました。
当初、Wandercraftは有限要素解析 (FEA) シミュレーション・ツールを使っていましたが、必要なデータを得るには不十分でした。「ユーザーの正確なモデルを作成するすべがなく、どのような怪我を負う可能性があるかを十分に把握できませんでした。マルチボディ・シミュレーション・ツールも別個に使用していましたが、この2つを組み合わせたソリューションが必要でした」と、機械エンジニアリングの責任者であるMaxime Beck氏は説明します。
そこでWandercraftはストラスブール大学に相談します。Beck氏は言います。「大学からSimcenter Madymoを紹介されました。これまでも加速度と角速度を測定することはできていましたが、その測定データを使用してユーザーへの影響を予測する方法が分かりませんでした。ストラスブール大学は、Simcenter Madymoでシミュレーションを作成し、付属の人体モデルを使用してユーザーへの影響を測定する方法を教えてくれました。」
「Simcenter Madymoが自動車の安全シミュレーションにすでに使用されてきたという事実が何よりの励みでした。Simcenter Madymoには、エアバッグがどのように作動するかを把握できる多くのモデルが用意されています。Simcenter Madymoを使用することで、シミュレーション結果と物理的なテスト結果を一致させることができ、自信を持って作業を続けられました。設計を変更するたびに新しいプロトタイプを作成する必要がないため、変更を加えては最適化していくことができました。」(Beck氏)
シミュレーションの最も重要な目的の1つは、エアバッグの数を決めることでした。しかも、まずは安全性を最大限に確保しながら、可能な限りコスト効率が高くなるようにすることが条件です。「シミュレーションで複数のエアバッグをテストすることができましたが、数を増やしてもユーザーの保護能力は高まらないことが分かりました。各エアバッグにはガスを発生させ、展開させる作動メカニズムが必要なため、数が増えればそれだけセットアップも複雑になります。1つの大きなエアバッグで、2~3個の小さなエアバッグと同等の保護力を発揮できることが分かったため、複雑さを軽減し、装置全体を簡単かつ安価に製造することができました。」と、Beck氏。
実際、エアバッグを1つにする方が、コスト効率が高いだけでなく、安全でもあります。マルチ・エアバッグ・システムは、各エアバッグがかっちり正確なタイミングで作動しないと意味がありません。1つでも作動しなければ、保護機能がないのと同じになってしまいます。システムが複雑になればなるほど、不具合が起きる可能性は高まります。そのため、エアバッグと作動メカニズムを1つにしたことで、システムの信頼性はすぐに向上しました。
Expert氏は、Simcenter Madymoを使用したことでエンジニアリング開発にかかる時間も大幅に短縮できたと話しています。「これまでは、1人のエンジニアが3日間かけて物理的なプロトタイプを作成していました。かなり特殊なプロセスのため、スキルを持った人が1人しかいなかったのです。シミュレーションがなければ、次の設計反復に取り掛かれるまでに長い時間を待たなければならなかったでしょう。これでは最適な設計案に到達するまでに時間がかかりすぎて、現実的ではありません。」
「プロトタイプを作成した後も、テストのセットアップにさらに丸1日かかっていましたが、シミュレーションの場合、わずか数時間で必要なパラメーターをシミュレーションに設定することができます。」
外骨格の安全性に自信を持ったWandercraftは今後、必要な規制に合格するために、さらなるテストを実施しています。「2025年末までに必要なすべての規制認可を取得したいと考えています。そうすれば市場で販売できるようになり、人々が当社の外骨格を日常で使用するようになる日が来るでしょう」とExpert氏。
しかし、これでやっとスタート地点に立てたのです。シミュレーションのおかげで1つ目の外骨格デバイスを実現したWandercraftは、今後さらにシミュレーションの活用を続けながら製品を改良していきます。Expert氏は説明します。「車いす利用者が立って歩けるようになるという最初の目標は達成しました。しかし、目標はさらにその先にあります。怪我して以来失われていた自由であれ、生まれつきの疾患のために一度も手にしたことのなかった自由であれ、車いす利用者は自由を新たに手にし始めると、さらに多くを求めるようになります。その要求に応えるために、私たちはさらに機能を追加したいと考えています。
Simcenter Madymoのおかげで、新機能を追加しても外骨格デバイスがユーザーにとって安全であることを常に確かめることができます。」