従来の義手と比べて90%のコスト削減、品質向上、迅速な出荷を達成したUnlimited Tomorrow
Unlimited Tomorrowの使命は、直感的で拡張性のあるモデルを使用して、徹底的にパーソナライズされた義手を作製することです。Unlimited Tomorrowは、ユーザーが自宅に居ながらにして簡単かつ速やかに義手をフィッティングできるリモート手法によって、次世代のパーソナライズ義手を無理ない価格帯で提供します。
http://www.unlimitedtomorrow.com
Easton LaChappelle氏が完全な機能性を備えた義手を作ろうと決心したのは14歳のときでした。LaChappelle少年は8学年の同級生がわずか23人という、コロラド州マンコスの小さな山間部で育ちました。刺激のない毎日を送っていた好奇心旺盛な少年はロボット工学に非常に興味を持ち、学校で習う以上の知識をすぐに身に付けました。LaChappelle氏は次のように話します。「自分の部屋にこもり、インターネットからロボット工学について必要なすべてを独学で身に付けました。」
リモート制御のロボットアームの開発にこそ、自分の熱意を注ぐべきだとLaChappelle氏は決心しました。そこで、さながらドラマ「マクガイバー」の主人公のように、釣り糸、レゴブロック、電子テープ、風よけワイパーモーターなど、自宅で見つけたあれこれを総動員して9か月間の試行錯誤を繰り返しました。氏は「手痛い失敗の連続だった」と当時を振り返ります。
最終的にLaChappelle氏は初歩的なロボット義手の作製に成功しました。16歳の誕生日を迎えると、設計を進化させ、無謀ともいえる将来の方向性を定めました。安価なレーザーカット木製3Dプリンターを購入し、昼夜を問わず、動かし始めたのがその頃です。手指の一本一本の動きと母指対向性を改良しました。続いて、前腕、肘、肩を作成し、ロボットアームを完成させました。
複数の科学技術フェアでこのロボットアームが展示されたことを契機としてLaChappelle氏は幸運を掴みました。トランスフォーマーのようなアームが野球のボールを投げたり、握手をしたりすると多くの注目を集めます。LaChappelle氏はすぐにNASAのインターンに選ばれました。バラク・オバマ米国大統領 (当時) がホワイトハウスで彼のロボットアームと握手したこともあります。まもなく、世界中の講演に招かれるようになりました。
すべては2013年の出来事です。LaChappelle氏にとって最大の変化が起こったこの年は、小さな村の青年の存在がメディアの目に留まる前の静かな一年でした。氏は当時をこう回想しています。「コロラド州の科学技術フェアの会場にいたとき、私の作ったロボットアームの指を見ている小さな女の子がいました。彼女は義手を装着していました。義手を実際に装着している人を見たのは初めてのことでした。」
LaChappelle氏は少女とそのご両親と話をするなかで、義手がどう動くのかを学びました。その結果、落胆すると同時に非常にやる気がみなぎってきました。「彼女の義手が8万ドルもの高価なものであることを知りました。ものを掴むだけのその装具は製造に1年を要するため、子供の成長に追いつくことができません。信じられない思いでした。私が自室で作ったアームのコストは300ドルそこそこだったのですから。」私にとっては受け入れがたいことでした。これがMy-AHAの瞬間でした。」
そのひと月後、LaChappelle氏はコロラド州デンバーで開催されたTEDx (Technology, Entertainment Design) に登壇しました。低価格なパーソナライズ義手を作るという約束について話をしたところ、スタンディングオベーションが送られ、有名なモチベーショナルスピーカーでありライフコーチであるTony Robbins氏から電話がありました。LaChappelle氏によれば、「Tonyが電話で『世界中の人々を心理学的に助けるのが私の仕事です。しかし、物理的に助けることはできないものかと常に考えていました。それができるのはあなたです。』と話してくれました。」とのことです。LaChappelle氏が18歳の誕生日を迎えてから2か月後の2014年2月、Robbins氏がUnlimited Tomorrowの起業資金を出資しました。
ロボットアームの開発を進めるとすぐに、LaChappelle氏は破壊的な変化によって義手市場に飛躍させる必要があると気づきました。その変化は特に、彼のインスピレーションの源泉ともなったこの7歳の少女のような助けを必要としている患者に利するものです。
1つの例を挙げると、LaChappelleが作製した義手は8ポンドの重さがありました。一般的な小児用義手の重さは2.5~4ポンドですが、それでも子供には十分すぎる重さです。「心が折れる統計があります。義手を持っている人の半数がそれを身に着けていません。」Unlimited Tomorrowでビジネス開発担当バイスプレジデントを務めるSean Jones氏はこうに述べています。
時間的な問題もあります。子供は成長が早く、義手を調整しているうちに大きくなってしまいます。成人するまでに義手を4~5回取り替えるケースもあります。1つの義手の平均コストが約8万ドルですから大変です。義手は発注からフィッティングまで6か月程度かかります。子供が新しい義手を手にしたときにはもう小さすぎて装着できません。
Unlimited Tomorrowが克服すべき多くの技術的なハードルのうちの2つが軽量化と開発加速です。3つ目は、あまりにも高額なコストを少しでも抑えることです。LaChappelle氏とエンジニアリングチームはそれに加え、青少年が快適に装着できる義手を提供するという別の重要な課題にも向き合っていました。これは、機能面だけでなく、着け心地も含めてのことです。Jones氏はこう説明します。「義手を実用的だと捉える子供たちもいます。そうした子供たちはこれまでできなかったことをしたいと考えます。他方、心理的な側面もあり、フィットしない義手は着けたくないという子供たちもいます。われわれは早い段階から、義手をパーソナライズして、もう一方の腕にできるだけ近いものにすべきであると認識しました。」
Unlimited Tomorrowは2019年にTrueLimbを発表しました。これは軽量かつ低価格という業界初の多関節義手であり、見た目も自然です。TrueLimbの重さは1.1ポンド。典型的なものと比べて2ポンド軽量です。大きさだけでなく、肌色や爪に至るまで装着者ごとにパーソナライズされています。しかも、8,000ドルという破格の値段を達成しました。そして何よりも素晴らしいのは、子供たちが自宅にいながらにして、わずか数週数間でTrueLimbsを手に入れられることです。
LaChappelleとそのチームが短期間で義手業界にこれほど劇的な変化をもたらすことができた理由はどこにあるのでしょうか。その答えは、リモート3Dスキャン、電子感知、アディティブ・マニュファクチャリングといった先端技術の組み合わせにあります。
Unlimited TomorrowのD2C (消費者直接取引) 手法は、顧客が自宅に居ながらにしてすべてが完結します。まず、義手の装着を検討しているユーザーの自宅に3Dスキャナーを配送します。家族や友人が残存肢を3Dスキャンするとともに、もう一方の腕の写真を撮影し、450通りある肌色のタイプから自分に合ったものを選んで、Unlimited Tomorrowに送付します。その後、Unlimited TomorrowがTrueLimbを3Dプリントし、ユーザーの自宅に配送します。従来の作製プロセスと比べて、実に5倍の速さです。
TrueLimbの成功には当然、技術力が不可欠ですが、これはマルチグリップ機能と一本一本の指の制御が可能な独自の筋肉感知技術だけにとどまりません。アディティブ・マニュファクチャリング技術も同様に重要です。LaChappelle氏はこう説明します。「自室で安価なプリンターをいじっていたときから、3Dプリントの限界に挑んできました。何年もかけていろいろなタイプのプリンターを試しましたが、義手の実用に耐えられる強度と個別仕様化の両方に対応できるものを見つけるのに苦労していました。」
HP Jet Fusion 580カラー3Dプリンターの投入「われわれは580プリンターを導入した米国初の企業です。おそらく、世界中の誰よりもこのプリンターを動かしていると言えるでしょう。このプリンターは、材料の強度も色の精度も完璧です。」とLaChappelle氏は述べています。
あらゆる先端技術を活用していたUnlimited Tomorrowは、TrueLimbの市場投入を阻むもう1つの技術的な課題に直面しました。義手にとっての最も重要なのは、残肢と接するソケット部の適合性です。ソケットは、腕を動かすセンサーが付属しているだけでなく、義手の着け心地を大きく左右するからです。
Unlimited Tomorrowのエンジニアは、ユーザーにフィットするソケットの設計に苦戦していました。機械設計のリードエンジニアであるMatt Landolfa氏はこう説明します。「これまでのワークフローは、ユーザーの残存肢を3DスキャンしたものをCADツールに読み込み、それを汎用的なソケットモデルと結合させるというものでした。その後、別のソフトウェアを使って、スキャンしたデータに合わせて汎用モデルの形を変えて行きます。時間もかかるうえ、修正するのも容易ではありません。やり直したらうまく行くという保証もないまま、やり直しを余儀なくされることも珍しくありませんでした。」
Unlimited Tomorrowの現在の受注数と今後の販売予定を考えると、ソケットの試験回数を抑えなければ、ビジネスを拡張できません。より効率的にソケットをパーソナライズするソフトウェアが必要でした。
LaChappelle氏は当初、これらの課題を解決できる商用ソフトウェアがあるかは懐疑的でした。そんな折、たまたまあるカンファレンスでシーメンスAGのエグゼクティブと話をする機会がありました。LaChappelle氏はこう回想します。「NX製品エンジニアリングチームと話してみることにしました。対面してすぐに私は、『NXであれほかのどのCADツールであれ、われわれの課題を解決できるとは思っていない。われわれの要求は本当に本当に応えるのが難しいんだ。』と伝えました。」
NXはシーメンスデジタルインダストリーズソフトウェアが提供するソフトウェアおよびサービスの包括的で統合型のポートフォリオであるSiemens Xceleratorの一部です。
最初の打ち合わせから数か月経った頃、シーメンスのエンジニアはLaChappelle氏の当初の想定が誤っていたことを証明しました。シーメンスのコンサルタントはUnlimited Tomorrowのエンジニアリングチームと共同でNX™ Product Template Studioソフトウェアを活用したソリューションを開発しました。この新しいソリューションと自動最適化機能、ルールベースのパラメトリック設計手法のおかげでLandolfa氏とそのチームはソケットの形状をこれまでよりも細かく制御できるようになりました。
Landolfa氏によれば、新しいソケット設計ワークフローの成否は形状の連想性にかかっています。「このソリューションは1つのシステムにすべてが統合されているので、形状をいじっても、以前のようにすべてのプロセスをやり直す必要はありません。」
平易なシステムであることはUnlimited Tomorrowのビジネスにとって特に大きな意味を持ちます。需要の増加に応じて生産を拡張するため、義肢装具士が見守るなかでエンジニアがNXを操作するのではなく、義肢装具士自身がNXを操作するプロセスに移行する計画だからです。
一方、新しいNX手法がソケット開発プロセスにもたらす最大の利点は品質と一貫性にあります。LaChappelle氏はこう語ります。「NX主体のソケット開発プロセスによる好影響はいまや、全社規模に波及してきました。より一層の自動化を進め、オペレーションを向上させるため、NXをより広範囲に適用しています。」
Unlimited Tomorrowが得たメリットは、NXがパーソナライズ可能なscan-to-printアプリケーションに強いことだけではありません。NX Additive ManufacturingソフトウェアはHPの3Dプリントと密接に統合されており、産業用アディティブ・マニュファクチャリングにも対応しています。Landolfa氏によれば、NXの効果は明らかでした。LaChappelle氏は続けます。「NXを導入した結果、HP 580からの出力がスムーズになりました。われわれは、自然な付け心地と見た目の美しさを兼ね備えたTrueLimbを顧客に提供すべく努力しています。以前に使用していたソフトウェアは3Dプリントを1つの角度からしか表示できませんでしたが、NXではそのようなことはありません。精度の高い形状に基づいて、より本物に近い完成形が得られます。」
適用範囲はTrueLimbのソケットを超え、義手のそのほかのすべての部品に広がりつつあります。Unlimited Tomorrowは、すべての部品の設計プロセスをNX環境に一元化する予定です。さらに、NXの自動化ネスティング機能の導入も検討中です。「驚異的な速度で拡張を進めています。最終的にはHP 580のスループットを最適化する必要があり、その鍵を握るのが自動ネスティング機能です。」LaChappelle氏はこう語ります。
Unlimited Tomorrowの展望はどのようなものでしょうか。2020年に25歳になったばかりのLaChappelle氏には野心的な目標があります。「自分の勉強部屋でロボットアームを組み立てていた7年前の自分に今のすがたを想像しろといっても無理でしょう。これまでの経験を通じて、達成可能な未来をよりしっかりと見据えることができるようになりました。根源的な問いかけを常に心に留めています。それは、『義肢を必要としている世界中の4千万の人たちの生活を変える事業をどのように作り上げればよいか』ということです。」
LaChappelle氏は続けます。「もっと大きなことができるはずです。そのためには、オペレーションを拡張しなければなりません。3Dプリントやアディティブ・マニュファクチャリングといったソフトウェアの力を借りて、歩みを止めずに進み続けていきます。」