ThermoLift、シーメンスデジタルインダストリーズソフトウェアのサービスとソリューションを活用して、自動設計最適化の機能を統合し、シミュレーション主導の設計プロセスを推進
ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校 (SUNY) のAdvanced Energy Centerを拠点とするThermoLiftは、20名の正規従業員を雇用し、約2,000万ドルの資金を調達しています。ThermoLiftシステムは、天然ガス駆動のエアコンおよびヒートポンプです。建物の暖房、冷房、給湯システムを単一の機器に置き換えることができます。
アメリカの家屋は、炉またはボイラーのいずれかで暖房するのが一般的ですが、一部の家屋は、エネルギー (通常は電気) を使用して周囲の熱を外側から内側へ移動させるヒートポンプを採用しています。高効率の炉やボイラー・システムは依然として高価であり、最大効率を維持するために加熱温度を低くする必要がありますが、熱負荷の高い条件下では効率が低下します。電動ヒートポンプは長年使用されてきましたが、寒冷地では性能が低下するため普及していません。熱が最も必要とされる低温で効率が低下するため、燃料や抵抗加熱を追加しなければならず、コストが増加するのです。
エアコン (A/C) は、低温環境から高温環境へ熱を伝達するヒートポンプです。ほとんどのA/Cシステムは、小規模の吸収システムを実装した蒸気圧縮循環を採用していますが、これが家屋で消費する電力の大部分 (22%) を占めています。A/Cシステムは主に電気で駆動し、夏の間稼働するため、電力需要が逼迫して価格が最も高いときに電気を必要とします。蒸気圧縮システムは、オゾン層破壊や温室効果など、さまざまな環境問題を引き起こす冷媒も使用します。
ThermoLiftは、2012年初頭に、他のベンチャー企業で同僚だったPeter Hofbauer博士とPaul Schwartz氏の会話から誕生した企業です。2人は、建物におけるエネルギー使用を一変する可能性のある暖房、換気、空調 (HVAC) 技術について議論していました。Hofbauer博士は、こうした技術が開発されていないことを嘆いていました。この会話をきっかけにSchwartz氏は、ニューヨーク州ロングアイランドの自宅の地下室で事業開発に着手し、ThermoLiftの開業資金を調達し始めました。
ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校 (SUNY) のAdvanced Energy Centerを拠点とするThermoLiftは、20名のフルタイム従業員を擁し、米国エネルギー省 (DOE) とニューヨーク州エネルギー研究開発局 (NYSERDA) の助成金を含む約2,000万ドルの資金を調達しています。ThermoLiftシステムは、天然ガス駆動のエアコンおよびヒートポンプです。建物の暖房、冷房、給湯システムを単一の機器に置き換えることができます。 これはヴィルミエヒートポンプ (VHP) から生まれた機器ですが、改良された循環システムであるTC-Cycle™を使用しています。TC-CycleはVHPよりもメリットが大きく、建物の冷暖房エネルギー消費コストを低減し、温室効果ガスの排出量を削減します。
図2 ThermoLiftの革新的な第1世代ヒートポンプ。
ThermoLiftのテクノロジーは、ヒートポンプに直接結合する熱機関であるVHPから生まれました。VHPは、ヘリウムなどの作動ガスを閉鎖系内の3つのチャンバー間で移動させます。VHPでは、クランク同期された2つのディスプレーサーがシリンダー内を往復することで、作動ガスが高温チャンバー、中温チャンバー、低温チャンバー間を移動します。熱力学循環は、低温チャンバー内でガスを膨張させて低温を生成する冷却手法を用います。ホットエンドで燃料の燃焼 (または太陽光収集) や熱圧縮により生じたエネルギーは、中温チャンバーに中温を提供します。これが暖房や給湯に使用されます。ThermoLiftデバイスはVHPとは異なり、ディスプレーサーが独立してメカトロニクスで制御されているため、ディスプレーサーの動き、つまり熱力学循環がより適切にコントロールされています。
周囲温度が低くても、低温チャンバーと周囲温度の温度差を利用して環境から熱を抽出し、暖房や温水暖房に使用することができます。ThermoLiftのヒートポンプは従来のヒートポンプとは対照的に、非常に効率的な手法で熱エネルギーを取り込みます。従来のヒートポンプは熱エネルギーから生成した高品質エネルギーである電気を使用して、低品質エネルギーである熱を生成するものでした。ThermoLiftのヒートポンプは熱のみを使用するため、従来のコンプレッサーベースのヒートポンプ・システムで発生していた変換、分配、相変化によるエネルギー損失がありません。
TC-Cycleを使用して複数のイノベーションを導入し、性能改善とコスト低減を実現します。ThermoLiftの第1世代のプロトタイプは、既に設計、構築、テストされています。第1世代には、超低排出燃焼バーナー、循環効率を向上させる電子制御アクチュエーター、革新的な熱交換器などのイノベーションが導入されています。こうした改善により、次世代VHPデバイスは、現在利用可能な先端HVAC/家庭用温水 (DHW) 機器よりも優れた性能を発揮し、二酸化炭素の排出とコストを削減しながら熱力学プロセスのオペレーション効率を大幅に向上させるものになると期待されています。
図4 重要な熱伝達モニターの時間履歴プロット。
ThermoLiftは、以前のDOE/NYSERDA助成プログラムの一環として、3世代のTC-Cycleプロトタイプを構築し、テストしています。ThermoLiftの第1世代、Gen 1.0の開発では、クランク同期VHPの代替としての電気機械式ドライブの設計に焦点を当てていました。クランク同期VHPにはコストと耐久性の懸念があり、ディスプレーサーの動きの制御が十分ではないため、システムの熱力学特性が損われるという問題がありました。ThermoLiftは、Gen 1.0で得た知識を活かしてGen 2.0のプロトタイプを開発し、2016年10月にオークリッジ国立研究所 (ORNL)/国立再生可能エネルギー研究所 (NREL) に対してデモンストレーションを行いました。Gen3.0のプロトタイプは、2018年8月にORNLの試験に合格しました。
Gen3.0はGen 2.0と比較して、データの品質と信頼性が向上し、シミュレーションと性能が改善しています。2017年7月にThermoLiftは、「ディスプレーサーが端から端へと往復する際にソフト・ランディングする」という大きな技術的マイルストーンを達成しました。これにより機械騒音が無くなり、高い信頼性と実行時間の継続 (10時間以上) が実現しました。ThermoLiftは、複数のGen 3.0プロトタイプを作成する予定です。2018年には実験室デモンストレーションとアルファ・デモンストレーションで、その高い忠実度と性能が実証されることになるでしょう。
2016年ThermoLiftは、シーメンスデジタルインダストリーズソフトウェアとの協働を開始し、シミュレーション主導設計プロセスへの拡張を進めました。ThermoLiftのような革新的な技術を開発する場合、実験的な試験データに依存すると、初期のプロトタイプ開発でコストが高くなる可能性があります。開発の初期段階には、多くの概念設計を評価する必要があり、通常は基本的なアイデアを多数テストします。この際にプロトタイプを作成してテストすることは、スタートアップ企業にとっては大きなリスクとなる可能性があります。利益が得られるかどうか不確実な中、リソースや設備に多額の投資を行う必要があるからです。
シミュレーションは、迅速で費用対効果の高い解決策です。 プロトタイプを製造する前に、複数の設計概念とその主要業績評価指標を評価して、性能の低い設計を排除できます。
複雑なシステムの設計とシミュレーションは、難しい作業となる場合がありコストも高くなる可能性があります。世界中のエンジニアがVサイクル (図2) に従ってデジタル製品開発を進めています。Vサイクルは、全体的な概念からモジュール、単一のコンポーネントまでの設計プロセスに、複数の詳細レベル/複雑さレベルを持たせる手法です。システムの広い概念設計から始まります。システム全体は、熱交換器、再生器、ディスプレーサーなどの複数のモジュールで構成されています。最も詳細なレベルはコンポーネント・レベルであり、ノズル、オリフィス、熱交換器フィンなどの小型コンポーネントの設計です。
このプロセスでは、基本レイアウトからモジュール、コンポーネントへと、設計はトップダウンで作成されます。シミュレーションを使用する検証プロセスは、反対にボトムアップで作用します。コンポーネントやモジュールを検証して最適化すると、システム全体が改善されます。つまり、システムを構成するモジュールの性能が改善すれば、システム全体の性能も向上します。
ThermoLiftとSimcenter™ Engineering Servicesは、この手法を使用して開発時間を大幅に短縮し、プロトタイピングを削減しました。ThermoLiftの開発チームは2016年まで、独自の熱力学循環を広範な1Dシミュレーションで検証していました。問題は、物理プロセスを完全な3Dでどのように予測するかでした。ThermoLiftヒートポンプの重要なモジュールの1つは、高温熱交換器です。これは、化石燃料からのエネルギーが流入する唯一のサブシステムであり、高効率であることが不可欠です。
内部のヘリウムガスに伝達する熱が多いほど、全体の効率は高くなります (図1)。バーナーから高温ヘリウム側へのエネルギーの経路と物理特性に関する詳細な知見を取得して、燃焼、放射、対流、共役熱伝達を把握することが重要です。さらに、レシプロ・ホット・ディスプレーサーには移動領域がかかわるため、より大型の高性能コンピューティング・リソースを要する過渡解析が必要になります。そこで、移動領域と結合した複雑な物理特性をモデル化するシミュレーション・ソリューションを見つけることが課題となり、Simcenter Engineering Servicesは、Simcenterポートフォリオの製品、Simcenter STAR-CCM+™ソフトウェアを活用する解決策を提示しました。Simcenter STAR-CCM+は、単一の統合ユーザー・インターフェースで正確かつ効率的な複数領域シミュレーションを提供するオールインワン・ソリューションです。
図5 放射熱流束の分布と流線。
この解析の主な目的は、バーナーから高温ヘリウム側への熱伝達に関する詳細な知見を取得することであり、それには、バーナー・チャンバー内の放射、対流、伝導、および高温ヘリウム・チャンバー内の高温熱交換器とレシプロ・ディスプレーサーの動きのモデリングが必要でした。そこで、ネイティブのPro/E®ソフトウェア・コンピューター支援設計 (CAD) データから、共役熱伝達の数値流体力学 (CFD) モデルを構築し、Simcenter STAR-CCM+独自のオーバーセット・メッシュ技術を使用して、レシプロ・ディスプレーサーの動きをモデル化しました。その後、熱伝達のすべてのモードをモデル化し、すべての流体を理想気体として扱いました。1Dシミュレーションの循環境界条件は、高温熱交換器が最初の再生器ステージに接続するヘリウムの出口に適用しています。
このシステムは、過渡プロセスと定常プロセスを組み合わせたものです。燃焼バーナーは一定の熱を供給しますが、ヘリウムへの熱伝達は、レシプロ・ディスプレーサーが引き起こす循環プロセスです。システムの温度上昇に伴い、最終的には、循環が繰り返されるたびに熱伝達が均衡する準定常状態となります。これには、長い過渡シミュレーションが必要です。この過渡シミュレーションは、協働プロジェクトの一環として、シーメンスデジタルインダストリーズソフトウェアの高性能コンピューター・クラスターを使って行いました。図4は、重要なコンポーネントのインターフェース面におけるバーナーからヘリウムへの熱伝達を時間履歴で表しています。15〜20循環後、熱伝達は周期的になり、循環平均の性能データを抽出できました。このデータで、熱交換器の効率や熱損失などの主要業績評価指標を予測して、第2世代の設計を評価しました。
図5は、ディスプレーサーが下へ動いているときの、マシン内の排気ガスとヘリウムの温度分布をボリュームレンダリングで示しています。図6は、バーナーに面した高温熱交換器の境界放射熱流束の分布です。流線は、バーナーからスパイラル・チャネル設計までの排気ガスの経路を温度で色分けして示したものです。高温熱交換器に向かってとガスの温度が低下している箇所についての知見が得られます。
図6 ボリュームレンダリングで表示した排気ガスとヘリウムの温度分布。
ThermoLiftの設計チームは、Simcenter Engineering Servicesが実施した高温熱交換器の過渡解析の結果を活用して、重要な性能データ (問題や原因など) を特定しました。
ThermoLiftは、シミュレーション主導の設計プロセスをさらに拡張するために、シーメンスデジタルインダストリーズソフトウェアとのパートナーシップを継続しています。継続的な技術移転とSimcenter Engineering Servicesのサポートにより、ThermoLiftシミュレーション・チームはSimcenter STAR-CCM+ユーザーとして経験を積み、定期的にコンポーネントをシミュレーションしながらシミュレーション主導で開発を進めています。シーメンスは、ThermoLiftの継続的な成長とプロセスの改善を目指すロードマップを策定し、次のようなサポートを提供しています。
ThermoLiftのテクノロジーにより、建物の冷暖房のエネルギー消費とコスト、および関連する温室効果ガスの排出を削減することができます。 これにより将来、建物におけるエネルギー使用が一変し、より環境に優しい世界が実現するかもしれません。