ルノーはSimcenterを使用して設計の初期段階からより正確なNVHの仮想評価を実現し、コストを削減しています
ルノーグループは、自動車業界におけるリーディング企業です。日産自動車と三菱自動車との提携によってビジネスの基盤を強化し、電動化における独自の専門技術を強みとするルノーグループは、ルノー、ダチア、アルピーヌ、モビライズという4つのブランドから構成され、持続可能で革新的なモビリティ・ソリューションを提供しています。
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Renault S.A. (ルノー) は、1899年の創業以来、自動車産業のパイオニアとして歩んできました。性能と信頼性を重視するだけでなく、快適で楽しいドライビング・エクスペリエンスの実現にも取り組んでいます。
最高レベルの快適性を実現するためには、自動車の騒音・振動 (NVH) の最適化が必要です。電動化技術の進化によってエンジン音が大幅に小さくなったため、NVHの解析と最適化の重要性がかつてないほど高くなっています。
ルノーは20年前に、車両内のさまざまなシステムを開発するチームが最高の結果を出すためには、チーム間での緊密な連携がいかに重要であるかを認識しました。
システム間の相互作用を理解して変更を行う場合は、設計プロセスの早い段階であればあるほど、その後の影響が少なくなります。
終盤に近づくほど、変更に要するコストと時間が大きくなります。
この課題に取り組むため、ルノーはVISA (Virtual Synthesis in Acoustic) プロジェクトを立ち上げました。ルノーのNVHシミュレーション・エキスパートであるPhilippe Mordillat氏は「このプロジェクトの目的は、個別の部品を組み合わせた車両全体の性能を総合的に予測することだった」と述べています。
VISAツールは、開発プロセスのどの段階においても、車両のNVH挙動を評価できるように設計されています。このツールの目的は、モジュール方式の設計手法とシステム駆動型の設計手法を導入して、社内のチームと外部のサプライヤーとの橋渡しをすることでした。
当時は現在よりもソフトウェアが進化していなかったため、さまざまな課題がありました。例えば、周波数応答関数 (FRF) に基づいて異なるサブシステムを結合する技術は当時からありましたが、正確な結果を得るための正しい境界条件が定義されていませんでした。
また、騒音や振動の発生源を同一の方法で解析する手段もありませんでした。
テストとCAE (Computer Aided Engineering) に関する業務が明確に分かれていたことも問題でした。部門間でのデータ交換やデータの再利用が制限されていたため、複数のデータベースやコンポーネント・モデルを柔軟な方法で合成ツールに接続することができませんでした。複雑なハイブリッド電気自動車 (HEV) アーキテクチャの場合、さまざまなサブシステムのモデルを、制御ロジックによって定義された各種の境界条件にリンクさせる必要がありますが、当時はその方法もありませんでした。
Mordillat氏は、「これが原因で、NVHスペクトルを拡張するための合成手法と予測手法を限定的にしか適用できなかった」と言います。「われわれが解析できたユースケースの90%は結局、コンポーネントどうしをゆるく組み合わせたものと低中域周波数のこもり音に限られていました。本当は、ロードノイズやパスバイ・ノイズに関する事例など、より高周波の騒音に関するユースケースにまで合成手法と予測手法を適用したかったのです」(Mordillat氏)
ルノーは、このツールと社内プロセスをさらに進化させたいと考え、シーメンスデジタルインダストリーズソフトウェアとの戦略的なパートナーシップを開始しました。
両社は2016年以降、各種のソフトウェア、ハードウェア、サービスを包括的に統合したSiemens Xceleratorポートフォリオに付属するSimcenter™ Testlab™ Virtual Prototype Assembly (VPA) ソフトウェアを活用して、VISAプラットフォームの改良に取り組んできました。
このパートナーシップの目的は、物理試作を使うことなく、仮想的に組み立てられた車両のNVH性能を高い精度で評価するための全社的なプロセスを導入することでした。そのためには、緊密に結合されたコンポーネント間の相互作用を正しく予測できる新しいツールが必要です。新しいプロセスを開発作業のすべての段階に導入することに加え、テストベースのデータソースとコンピュータ支援エンジニアリング (CAE) ベースのデータソースを社内と社外サプライヤーの両方に提供しなければなりません。また、シミュレーションのエキスパートだけでなく、ルノーのすべてのエンジニア・チームがこの新しいツールを使用できるようにする必要がありました。
これらの課題に対処するため、Simcenterエンジニアリング・コンサルティング・サービス・チームとSimcenterテスト・エンジニアリング・サービス・チームがルノーのエンジニアと協力しながらユースケースを定義し、状況に合わせて適切な手法を適用しました。
今日の電気自動車は、エンジン音によってロードノイズがかき消されることはないため、タイヤなどの騒音源がより重視されます。タイヤと路面が接触して発生する騒音は通常、広い周波数帯域で発生します。その際、構造的な励起と音響的な励起が組み合わさり、緊密に結合されたサブシステム (スピンドルにボルトで固定されているホイール・リムなど) で騒音が発生します。タイヤ・メーカーと協力して効率的に業務を進めるには、騒音源を適切に分析するための技術が必要です。
この課題に対処するため、Simcenterのスペシャリストが、コンポーネントベースの伝達経路解析 (TPA) 手法を導入し、タイヤと路面の相互作用から発生する騒音源を同じ方法で特定できるようにルノーをサポートしました。
ホイールには、一連のホイール中心荷重 (通常はBlocked Forceと呼ばれます) による独立したコンポーネントとしての特徴があります。
リムとスピンドル間の接続特性を定義するには、6DoF (Degrees of Freedom: 自由度) のFRF形式でインピーダンス行列データを取得します。
これは、合成手法の技術的な基盤となるデータです。このデータにより、騒音と振動の発生源となるコンポーネントと、そのコンポーネントが他のサブシステムとどのように接続されて相互作用するのかが定義されます。
これらの新機能は、Simcenter Testlabに付属している完全なツールセットの構成要素に過ぎません。これらの機能により、不変のコンポーネント・モデルの取得と検証を行い、そのモデルを今後のアセンブリで使用することができます。
また、自動車OEMとサプライヤーは、このカップリング技術を使用して性能データを共有するだけでなく、製品の定義や知識に関するデータを交換することもできます。そのため、それぞれのコンポーネントについて、共通の基準と目標を設定してそれに取り組むことができます。これらの基準と目標は、システム全体に反映されることになります。
ここで重要なのは、共有されるのはFRFデータや荷重データなどの曲線データだけで、詳細な仕様データや形状データは共有されないため、機密情報に関するリスクがないということです。
そのため、サプライヤーは仮想アセンブリを構築し、コンポーネントの設計が車両全体のNVH性能に与える影響を確認することができます。
ルノーは、この技術を多くのチームや拠点に展開したいと考えています。また、この技術がある程度、普及した時点で、大量の履歴データを持つコンポーネント・データベースを作成し、将来的な設計作業で活用していく計画もあります。
ルノーは、こうしたコンポーネント・データを一元的に保存して簡単に検索し、アセンブリ内で正しく再利用できるように文書化することを目的として、Simcenter Testlabのデータ管理機能を導入しました。これにより、各種のコンポーネントを使用して仮想アセンブリを作成し、さまざまなユースケースを組み合わせて計算を実行できるようになりました。モデル作成者以外のユーザーや、モデル内に含まれているデータを知らないユーザーでも、これらの操作を実行することができます。
「エンジニアリング作業を行う場所や使用する車両モデルに関係なく、日常業務として簡単に実行できる標準化されたプロセスが用意されているということが、Simcenter Testlab VPAを使用する理由です」(Mordillat氏)
まずは、ルノーの約50人のユーザーがこのプラットフォームを使用する予定です。そのうちの25人が、コンポーネントの入力データ生成において中心的な役割を担当します。解析機能を組織のニーズに応じてカスタマイズし、ユーザー数を増やしていく予定です。
例えば、パスバイ・ノイズ (PBN) を解析するエンジニアは、車外の騒音規制を満たすため、信頼性の高い予測データが必要です。当時のルノーは、PBN発生時の騒音合成を行うための知識と技術をすでに持っていましたが、以前のVISAプラットフォームでは、そうした知識や技術を取り込み、騒音合成プロセスを合理化することはできませんでした。
シーメンスはこの課題を解決するために、Simcenter Testlab VPAツールの処理環境をルノー専用にカスタマイズし、シームレスなPBN解析環境の構築をサポートしました。ルノーのエンジニアは、音源の伝達関数を導き出し、各種の構成を簡単に比較して、設計変更の効果を確認できるようになりました。
その結果、各種のサブシステムに対する目標値の設定、開発期間全体にわたる車外騒音予測、規制に準拠するための改善点の判断が容易になりました。
また、Simcenter Testlab VPAにより、NVHエンジニアとソフトウェア・エンジニアとの連携が強化され、車両の制御がNVH性能に与える影響を適切に調整できるようになりました。
Mordillat氏は、これまでの成果に満足しているだけでなく、今後の展開についても大きな期待を寄せています。「Simcenter Testlab VPAの活用により、NVH予測アプリケーションの性能が5倍に上がりました。これにより、生産性が大幅に向上しました」(Mordillat氏)
車両の履歴データを初期データとして使用し、サブシステムに初期目標を反映させるコンセプト・フェーズを出発点とし、開発プロセス全体を通じて改善点が明確になっていきます。一連のプロセスは、新しいコンポーネント・データを使用して試作品の性能評価を行う検証フェーズまで続きます。Simcenter Testlab VPAを使用すれば、開発プロセス全体を通じて、履歴データと参照データを新しい設計データとして段階的に置き換えることができます。これらのデータはライブラリに追加され、今後の設計作業にも活用できます。
ルノーは、シーメンスとの協力によってGREENプラットフォームの導入に成功しましたが、Simcenter Testlab VPAをこのGREENプラットフォームと組み合わせて使用したいと考えています。Simcenter Testlab VPAとGREENプラットフォームの統合は、ハードウェア制御とソフトウェア制御の両方を評価する必要があるハイブリッド電気自動車の開発に特に効果的です。この場合、CAEエンジニアが、Simcenter Amesim™ソフトウェアをベースとしたGREENソフトウェア環境でモデルを作成し、計測スペシャリストが、Simcenter Testlabを使用してテストベースのコンポーネントを作成することになります。
Simcenter Testlab VPAプラットフォーム上で両者を組み合わせ、騒音予測用のアセンブリに仕上げていきます。
最終的には、Simcenter Testlab VPAで仮想モデルを使用して設計変更による効果を予測し、物理テスト回数の削減へとつなげていきます。「Simcenter Testlab VPAにより、仮想フェーズにおける予測能力を高め、試作回数を減らすことができました」(Mordillat氏)
ルノーのライブラリにコンポーネント・データが蓄積されていくにつれて、Simcenter Testlab VPAプラットフォームの価値も高くなっていきます。また、データ管理システムにより、人工知能 (AI) を活用した膨大なデータ分析など、将来的な可能性も広がっています。
Mordillat氏は、Simcenter Testlab VPAとSimcenter Testlab Vehicle NVHシミュレーターとの強力な連携により、開発中の車両の騒音を主観的に評価できるようになると確信しています。「デジタルツインが進化すれば、設計変更によって主観的な音の感じ方がどう変わるかを検証できるようになります。NVHシミュレーターは、アクティブ・ノイズ・キャンセリングのアルゴリズムや運転スタイルなど、さまざまな要素も同時に評価する多属性評価機能に組み込まれていくことになります」(Mordillat氏)
自律走行車の場合、車内騒音を低減することにより、カーオーディオやインフォテインメント・システムとの相乗効果をさらに高めることができます。自律走行車の場合は自分自身で車両を運転する必要はないため、走行時の快適性が最も重要な要素になります。ルノーはシーメンスと協力しながら、プロジェクトのスケジュールや予算に従い、これからも最高レベルの快適性の実現に取り組んでいきます。