シミュレーションとテストを組み合わせたSimcenterを使ってデジタルツインを構築した現代自動車グループ
現代自動車グループは、韓国のソウルに本社を置く多国籍企業です。世界中に約25万人の従業員を抱え、現代 (Hyundai)、起亜 (Kia)、ジェネシス (Genesis) といったブランドを展開しています
https://www.hyundaimotorgroup.com/
1967年の設立以来、現代自動車グループ (HMG) は絶えず改善に取り組んできました。これまでも多くの自動車技術のパイオニアでしたが、今では未来のモビリティのリーダー的存在と見なされています。HMGの企業精神は、電動化に対するビジョンから、クラス最高の信頼性にいたるまで、同社のビジネスのあらゆる面に及んでいます。また、車両のロードノイズを低減するという現代自動車グループ (HMG) の取り組みにも表れています。
自動車OEM各社は何十年にもわたってロードノイズを低減しようとしてきましたが、電気自動車 (EV) の重要性の高まりとともにその必要性は増すばかりです。HMGは、継続的な改善への取り組みの一環として、すべての車両のロードノイズの対処法を見直すことにしました。この見直しによって統合モジュラー・アーキテクチャ (IMA) 戦略へ移行することにもなります。その結果、OEMは複数の車種で同じ部品を使用できるようになり、開発コストを削減できます。すべての車種に柔軟に取り付けられるバッテリを開発できるなど、IMAは特にEVで効果を発揮します。ただしIMAへの移行によって直面する新たな複雑化に対処するために、HMGはデータを統合し、適切なインフラを提供し、仮想開発を拡張する方法を模索していました。
HMGのエンジニアは、車両全体のロードノイズの解析にテストデータ駆動型MBSE手法を用いたパイオニアです。
HMGの目標は、世界トップのEVメーカーになることです。そのためには、車両開発の効率を向上し、コストを削減しながら、ロードノイズの性能目標を達成する必要があります。
そこでHMGは、車両のロードノイズを低減するために、Simcenter™エンジニアリングおよびコンサルティング・サービスと戦略的パートナーシップを締結しました。2019年以来、最適な音響レベルを実現する高品質の車両を開発しようと両者は緊密に協力してきました。Opcenterは、ソフトウェア、ハードウェア、およびサービスのSiemens Xceleratorビジネスプラットフォームの一部です。
開発プロセスの精度とスピードの両方を実現する商用ソリューションなしではロードノイズを最適化できないとHMGのエンジニアは感じていました。また、初期段階の仮想開発が重要であると認識すると同時に、シミュレーションの精度を最大限に高めるためにテストデータも取り入れたいと考えました。
3段階で構成されるHMGのデジタル・トランスフォーメーション戦略
HMGのシニア・リサーチ・エンジニアのSangyoung Park氏は次のように説明します。「3年前、われわれは仮想開発環境におけるテスト・エンジニアの役割を明らかにしようと試みました。まずは、シミュレーション・モデルに一致するテストモデルの開発に着手しました。しかし、完全に一致するテストモデルを作成しようとすると、いくつもの大きな障壁にぶつかりました。そこで、私はSimcenterエンジニアリングおよびコンサルティング・サービスに相談することにしたのです。」
HMGのシニア・リサーチ・エンジニアであるJaehoon Jeong博士は続けます。「Simcenter Engineeringチームを選んだのは、当社のビジョンを実現可能な導入ロードマップに変えてくれると思ったからです。シーメンスは、ハードウェアとソフトウェアを統合する実証済みの手法を生み出しており、その豊富な経験によって、実用と技術進歩の最適なバランスをとることができます。」
HMGはすでにSimcenterポートフォリオを使用していたため、Park氏とJeong氏はソリューションへの新たな投資も、ツールの習得や導入も必要なかったため、非常に好都合でした。
「テスト技術とシミュレーション技術を組み合わせることで、より信頼性の高いデジタルツインを作成できることが分かりました。このプロセスをテストデータ駆動型MBSEと呼んでいます。われわれは、Simcenter Engineeringチームに支援を依頼することに決め、代表性、適合性、信頼性が高く、最大限の精度を発揮するテストモデルを構築することにしました。」とPark氏は話します。
その結果、HMGとSimcenter Engineeringチームは、数年にわたる段階的なプロジェクトに着手し始めました。
仮想開発用のテストモデルを作成するためのHMGのテストデータ駆動型MBSE
SimcenterエンジニアはHMGのチームと協力し、コンポーネント・ベースの伝達経路解析 (TPA) 技術をタイヤのホイールに用いて、ホイール中心の不変荷重を測定しました。静的加重とも呼ばれるこの不変荷重は、ホイールのみによって決まるものであり、受け側構造に依存しません。
これらの荷重によって、開発の初期段階からコンポーネントの挙動をより詳しく理解し、コンポーネントの明確な目標値やその他の情報をサプライヤーと共有できるようになります。さらに、Simcenter Virtual Prototype Assembly (VPA) を使用すると、ホイールで測定した不変荷重を、仮想車両アセンブリの各バリエーションと組み合わせてロードノイズ性能を予測・評価することができます。これは、開発のあらゆる段階でテストデータ駆動型MBSEを活用したいというHMGのニーズを取り入れたものです。
HMGの開発プロセスで不変荷重を活用するために、Park氏とSimcenter Engineeringチームは、どのようにテストによって不変荷重をタイヤで測定・評価できるか、理論が実際に実用可能であるかどうか、また車両のロードノイズ性能をどの程度の精度で予測できるかを見きわめる必要がありました。
Simcenter EngineeringチームはHMGとともに、コンポーネント・ベースのTPA手法をタイヤで検証しました。その結果、HMGの現行のロードノイズ評価プロセスでこの手法を活用できることを実証することができました。
ホイールレベルの不変荷重の測定
1つ前の段階では、システムを構成するコンポーネントはソースとレシーバーの2つだけでした。つまり、ソースがタイヤで、レシーバーが車体とサスペンションを含むタイヤ以外の車両全体です。
次の段階では、Simcenter EngineeringチームとHMGチームは、受け側構造 (レシーバー) をさらにサスペンションと車体 (その間に取り付け具) に分割しました。すべてのコンポーネントは、テストによって特性評価し、エンジニアが後でモデルを作成し、車両全体の仮想アセンブリを構築できるようにました。
この段階は、電気自動車の開発において特に重要でした。車両電動化によって、ドライブトレインの発生するノイズや、ロードノイズ、風切り音が車内ノイズの主な原因になったからです。
コンポーネント・ベースのTPA手法は、サブシステムの個々の特性評価を仮想車両に組み込める効果的な方法です。これにより、システム設計者は各部位のデザイン間を切り替えながら、製品の複雑化や車両バリエーションの増加に対処できます。
ただし、コンポーネント・ベースのTPAの主な課題は、現実的な動作境界条件および予荷重下でサブシステムを正確に表現できるかどうかということです。また、コンポーネントを測定するには、接続インターフェースでコンポーネントがつながれていない状態でなければならないため、テスト段階で必要な条件を作り出すのは容易ではありません。この課題を解決するために、周波数ベースの部分構造 (FBS) 分離手法を使用することができます。これは、アセンブリ全体から支持構造を差し引くことで未知のコンポーネントの振動挙動の特性を評価する技術です。FBS分離手法は、2つのアセンブリから二次的な構造による影響を取り除くことで、未知のコンポーネントの周波数応答関数 (FRF) を特定する手法です。
このプロジェクトに先立ち、何社かでテストをベースにサスペンション・モデルを作成してテストし、使用したところ、それぞれ成功具合はまちまちでした。しかし、これらのモデルはいずれも、FBS手法に必要なデータ形式や、このプロジェクトに必要な周波数範囲を満たしていませんでした。
これは、サスペンションという難しい性質によるものです。サスペンションは一方はホイールに、もう一方は車体に取り付けられているため、個別に性能評価することができません。このため、コンポーネントのみの特性評価中に、車両の重量による垂直方向の予荷重や走行中のスリップ時のサスペンションなど、動作境界条件を再現することは困難です。サスペンションが正しくモデル化されなければ、正確な結果は得られません。FBS分離手法は従来、学術分野でしか用いられておらず、商用サスペンションに応用されることはありませんでした。しかし、この方法を使用したところ、サスペンションに必要な精度と周波数範囲を満たしたモデルを作成することができました。
次に、HMGとSimcenter Engineeringチームは、サスペンションを正確に調べるためのテスト装置を独自に作成して、テスト要件を定義し、検証しました。HMGチーム内で再利用できるように、テスト装置は再現性を重視して設計しました。
サスペンションのテスト装置を設計するには、ハードウェア、シミュレーション・ソフトウェア、コンポーネント・ベースのTPAの組み合わせが必要
最初のステップとして、サスペンションをテスト装置につなげました。このテスト装置を使うと、動作条件下でFRFテストを実施できます。テスト装置は、強い動的挙動や過度の剛性を抑えて、対象の構造物とつなげられるように、有限要素 (FE) モデルを用いて設計・検証されました。また、アダプター・ブロックを使用することで、この装置をさまざまなサスペンションに取り付けることが可能です。
Park氏とSimcenter Engineeringチームは、FBS手法をベースにしたアセンブリ解析のための完全なテスト・セットアップを完成させた最初のグループとなりました。このセットアップにより、正しい動作境界条件とともに代表的な統合フロント・サスペンション・モデルを特定できるようになりました。
Park氏は次のように話します。「当初、サスペンションをモデル化する考えを提案したときは、実現性に確信が持てませんでした。しかし、ハードウェアとソフトウェア、コンポーネント・ベースのTPAテストを統合したシーメンスのソリューションによって、実現困難と思われたテスト装置を完璧に設計することができました。また、そのほかのテスト手法を駆使して、その都度変更を加えることができました。今回の進歩は非常に励みとなりました。今後、開発の初期段階で性能評価するためのモデル開発にも活かせるでしょう。」
テスト装置が完成したら、次にすべきはサスペンション・モデルの特性評価です。Simcenter for Qsources™ハードウェアで加振するための理想的なテスト・セットアップ (センサーの位置、アクセシビリティ、互換性など) を評価するために、Simcenter 3Dを使用しました。Simcenter 3Dは、複数領域にまたがる製品エンジニアリングに対応したコンピューター支援エンジニアリング (CAE) ソリューションです。Simcenter Qsourcesは、周波数応答関数を測定する音響・振動加振ハードウェア・スイートです。
Simcenter 3Dを使用することで、ベルギーのルーヴェンを拠点とするシミュレーション・チームと韓国を拠点とするテストチーム間のコミュニケーションも容易になりました。ルーヴェンでは、加速度計とSimcenter Qsources加振機用のCAD (コンピューター支援設計) モデルを作成、評価、検証しました。一方、韓国では、テスト・エンジニアがこれらのCADモデルを使用して計装と測定を行いました。これにより、Simcenter Engineeringチームと顧客チームの間に、変更を加えてテスト・ジオメトリを抽出するという重要なフィードバック・ループが生まれました。
センサーを配置した後、Simcenter Testlab™ソフトウェアやSimcenter SCADAS™ハードウェアをはじめとするSimcenterのテスト・ソリューションを使用して、テスト装置上でシステムの構造力学を特性評価しました。その後、Simcenter Qsourcesの加振ハードウェアを使用して、測定値が正確であることを確認しました。
これらのテストを数回繰り返しました。このテストによって、約31,800の伝達関数/FRF (146の加振と132の応答) が得られました。このサスペンション・コンポーネントには、大量の接続ポイントが含まれていたため、その相互作用を測定する必要がありました。特性評価には、ホイールハブの入力から車体との接続部の出力まで、多くの周波数応答関数 (FRF) が必要でした。大変な作業ですが、正確なモデルを作成するためには必要です。
その努力は実りました。何度も測定した結果、サスペンション・システムの正確なモデリングを可能にする動的挙動を抽出することができました。このプロジェクトが完了した後、Simcenter Engineeringチームは、今後も現場で利用できるようにテスト装置をHMGに提供しました。
次に、Simcenter EngineeringチームとHMGはともに、Simcenter VPAとSimcenter Testlab NVH Simulatorを使用し、これまでのプロジェクト段階で得た技術や手法を今後のプロジェクトに生かすための取り組みをはじめました。
「これまでのプロジェクトで開発したモデルや技術を活かして、システム設計者が、路面や速度の異なるさまざまな運転条件下でのロードノイズを可聴化して主観的に評価できるようにしたいと考えました。」とPark氏は話します。
Simcenter EngineeringチームとHMGはSimcenter VPAを使って、テストモデルとシミュレーション・モデルをベースに仮想車両アセンブリを構築しました。これで車両の振動・騒音性能を仮想的に予測できるようになり、モデルベースの仮想車両開発への移行が実現可能であり、より正確であることを確信しました。
両チームは、ロードノイズ解析に関するHMGのニーズと目標を確認し、それを達成できるようにSimcenter VPAを改良およびカスタマイズするためのロードマップを作成しました。そのなかには、データ解析用の専用GUI (グラフィカル・ユーザー・インターフェース) や、複雑なマルチレベル車両アセンブリのための専用機能も含まれていました。この段階の最終的な目標は、Simcenter Testlab NVH Simulatorを使用して、試作車を制作する前に開発段階で車両の音響を再生して聴けるようにすることでした。Simcenter Testlab NVH Simulatorを使うと、ロードノイズを、風やタイヤ、パワートレインといったその他のノイズ要因と組み合わせて、実際の状態に近づけることができます。その結果、ノイズ予測の精度が高まります。
HMGのエンジニアは、Simcenter Testlabで得たデータを使って、主要な音の特定や音の発生源など、詳細な解析が可能になります。今後、Simcenter EngineeringチームはHMGとともに、仮想アセンブリ用のコンポーネント・ライブラリやSimcenter Testlab用の音データをはじめとする音のデータベースを構築する予定です。HMGは開発工期とコストの削減を期待できます。
最後に、Simcenter EngineeringチームとHMGは、HMGの個別ニーズに合わせてツールと手法を微調整していく予定です。この技術をHMGの開発プロセスに組み込むことが目標であるため、ツールをカスタマイズして効率を向上し、利用しやすくすることが重要です。
技術の広範な活用とカスタマイズによって、HMGにおけるモデルベースの仮想車両開発を実現
Park氏とSimcenter Engineeringチームは協力を続けています。今回のプロジェクトで、車両の検証に使用できる多くのテスト部品とモデルが提供されたため、現代自動車グループは、精度の向上だけでなく、開発時間の短縮も期待できると考えています。新しい車両を開発するたびにシミュレーション・モデルを作成して関連付けする必要がなくなるでしょう。
「Simcenter Engineeringチームとは緊密な協力関係を築くことができました。このプロジェクトが、HMGの新しいIMA戦略における開発効率の向上に役立つと確信しています。Simcenter Engineeringチームとともに、タイヤモデルの改善やサスペンション・モデルの効率化、その他多くの課題に対処してきました。MBSEへの取り組みにおいて戦略的パートナーとしてSimcenter Engineeringチームと協力できて光栄です。」
Simcenterソフトウェアとハードウェアを併用して車両のロードノイズのデジタルツインを実現
顧客のために絶えず改善を続けるというHMGのコミットメントのとおり、Park氏とJeong氏は、このプロジェクトが車内の不要なノイズや振動を解消し、ドライバーと乗員の快適性を向上させると確信しています。「Simcenter Engineeringチームとの共同プロジェクトの成果は、車両開発の初期段階で迅速かつ確実に改善できるようになったことです。これで、ドライバーと乗員の満足度は向上し、HMGの車両でより快適な、楽しい運転が実現するでしょう。」Park氏はこのように話します。